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製造業や不動産管理、ホテル、レストランなど、あらゆる業界において設備の安定稼働は事業継続の生命線です。しかし、その保守管理(メンテナンス)の現場では、いまだに紙やExcelといったアナログな手法が多く残っており、非効率な業務や突然の設備故障による機会損失といった課題が山積しています。

このような「設備管理」の古くからの課題を、モバイルファーストのアプローチで解決し、急成長を遂げているのが、米国カリフォルニア州を拠点とするスタートアップ企業「UpKeep」です。

本記事では、UpKeepがどのようにして業界の課題を解決し、市場で独自のポジションを築いているのかを深掘りし、日本市場における可能性についても考察します。

1.設備管理業界が抱える根深い課題

アナログな情報管理
  作業指示書や点検記録が紙でやり取りされ、ファイリングや情報の検索に膨大な時間がかかる
  情報の属人化が進み、担当者不在時に対応が遅れる

コミュニケーションの非効率
  電話や口頭での報告が中心で、リアルタイムな状況把握が困難
  作業の重複や抜け漏れが発生しやすい

予期せぬダウンタイム
  計画的な予防保全が難しく、突発的な故障(事後保全)が中心となりがち
  その結果、生産ラインの停止や営業機会の損失といった甚大な被害につながる。

データの活用不足
  過去の修繕履歴やコストなどのデータが分散しており、分析や将来の予測に活かすことができない

これらの課題は、現場の負担を増大させるだけでなく、企業の収益性や競争力にも直接的な影響を与えます。

2.UpKeepのサービス概要

UpKeepは、こうした課題を解決するために開発されたCMMS(Computerized Maintenance Management System)です。創業者兼CEOのライアン・チャン氏が、自身が化学エンジニアとして工場で働いていた際に感じた「なぜ設備管理のソフトウェアはこんなにも使いにくいのか」という原体験から、2015年に生まれました。

UpKeepの最大の特徴は、徹底した「モバイルファースト」のアプローチです。現場の技術者が使い慣れたスマートフォンやタブレットで、いつでもどこでも簡単操作できることを最優先に設計されています。

主な機能と特徴:

  • 直感的な作業指示(ワークオーダー)管理
     スマートフォンアプリから数タップで作業指示を作成・割り当てが可能。
     写真やマニュアルを添付したり、チャット機能でリアルタイムにコミュニケーションを取ったりすることで、作業の抜け漏れや手戻りを防ぎます。
  • 資産管理
     設備や機器の情報を一元管理。過去の修理履歴、コスト、マニュアルなどをQRコードやNFCタグで簡単に呼び出せます。
  • 予防保全の自動化
     「毎月第1月曜日」「稼働時間が500時間に達したら」といったトリガーに基づき、定期的な点検作業を自動でスケジュール。
     計画的なメンテナンスを支援し、突発的な故障を未然に防ぎます。
  • リアルタイム分析とレポート
    蓄積されたデータを自動で分析し、ダッシュボードに可視化。どの設備の故障が多いか、コストはどのくらいかかっているかなどを即座に把握し、データに基づいた意思決定を可能にします。

UpKeepは、これらの機能をクラウドベースのSaaSとして提供することで、高額な初期投資を必要とせず、中小企業から大企業まで幅広い層が導入しやすい価格設定を実現しています。

3.競合優位性と市場での位置付け

設備管理システム市場には、IBM(Maximo)やSAPといった巨大IT企業の製品や、Fiix、Limble CMMSといった他のスタートアップも存在します。その中でUpKeepは、以下の点で強力な競争優位性を確立しています。

  • 圧倒的な使いやすさ
    複雑でトレーニングが必要な従来のシステムとは一線を画し、ITに不慣れな現場の作業員でも直感的に使えるUI/UXが高く評価されています。これにより、導入後の定着率向上に成功しています。
  • モバイル中心の設計
    現場での利便性を徹底的に追求したモバイルアプリが、他社との明確な差別化要因となっています。
  • 顧客中心のサービス
    G2やCapterraといったソフトウェアレビューサイトでは、常にトップクラスの評価を獲得しており、特に手厚いカスタマーサポートに定評があります。

これらの強みにより、UpKeepはY Combinatorなどの著名な投資家から支援を受け、2020年5月にはシリーズBラウンドで3,600万ドル(約56億円)の資金調達を完了。設立からわずか数年で、世界中の製造、不動産、ヘルスケアなど多様な業界で数千社の顧客を獲得し、CMMS市場のリーダーの一角としての地位を固めています。

4.現在の成長段階と今後の展望

シリーズBの資金調達を経て、UpKeepは現在、製品開発の加速とグローバルな事業拡大のフェーズにあります。近年では、センサーデータを活用したIoT連携や、AIによる予知保全(PdM: Predictive Maintenance)といった、より高度な機能の開発に注力しています。今後は、単なる「作業管理ツール」から、企業の資産運用を最適化する「アセットオペレーション・プラットフォーム」へとアップデートを行い、設備管理の未来をリードしていくことが期待されます。

5.日本での類似企業

日本においても、UpKeepと同様に、設備管理のDXを目指すSaaSが登場しています。

  • MENTENA(八千代ソリューションズ株式会社)
     クラウド型の設備保全システムで、データの「見える化」を通じて運用効率の最大化を目指しています。
  • カミナシ(株式会社カミナシ)
     「現場の紙をなくす」をコンセプトに、点検・報告業務のデジタル化を支援するサービス。
  • ビルメンクラウド(ユアマイスター株式会社)
     ビルメンテナンス業界に特化し、情報の一元管理や業務の自動化を実現するSaaS。

これらの企業は、日本の商習慣や現場のニーズに合わせた機能を提供しており、国内の設備管理DX市場も活性化しています。

6.総括

UpKeepの成功は、テクノロジーの力で、長年変化の乏しかった「現場」の課題にメスを入れました。
創業者の原体験に基づく徹底したユーザー目線、そしてモバイルという現代的なアプローチが、多くの企業の支持を集めています。日本においても、人手不足や老朽化するインフラという課題に直面する中、設備管理の効率化と高度化は喫緊の経営課題です。UpKeepの事例は、日本のスタートアップやDXを推進する企業にとって、大きなヒントになるかもしれません。

参考:https://upkeep.com/
   https://tracxn.com/d/companies/upkeep/__fHclewZDRBqHF1AzgRnN11l72QFhn9e7VSIhma5kC2U
   https://wellfound.com/company/upkeep-maintenance-management/funding
   https://www.gartner.com/reviews/market/enterprise-asset-management-software/vendor/upkeep/product/upkeep-asset-operations-platform/alternatives
   https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/computerized-maintenance-management-system-market-report
   

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